私自身一人の人間としまして、人間というものは今ある状況というのが永遠にあるものと錯覚をいだいてしまうものだなと感じることが多くあります。
エネルギー資源はもちろんのこと、自然も、環境もそうですが、やはり三線という分野においても、もう一度考えなければならないものです。
どこまで話して良いのかは分かりませんが、ここで記事を書く内容というのは一部のものであり、これからも口を紡ぐであろうと思います。
近日嬉しいエピソードの一つとしまして、三線を紹介さしあげた引き取り手様が、自分に合った三線を何年も何年も色んな場所で探し、ようやっとここで出会えた、とお話ししましたときに、紹介者という立場において、大変重要なお仕事なのだなと改めて深々と感じさせていただきました。その方一人の何年という中で、どれだけの労働があり経験があり、一口に数年と記するのがお恥ずかしくなるほどではあります。この場を通して三線を引き取られた方々、何気なく閲覧されている方も同じく、1日というこの一生のような貴重な時間を過ごされていらっしゃることと考えます。
資源というテーマに置いては、はっきりと断言しますが、黒木や黒檀、ユシ、、という時代は変わらなければならなくなるのは目に見えて分かります。ギターや木製楽器が好きな方ならお分かりかと思いますが、この僅か20年内でも歴然とした目に見える形で材の若さが目立ちます。つまり資源不足の表れです。だからといって、最近の材を否定するという立場ではありません。ただいえることは、制作には完成までにたっぷりと時間をかけることの重要性と価格を上げていくことが大事になってきます。
最近、ある師範の先生から「ある店に皮張りにいったら両面8万円」と聞いて驚いたというお話しを伺いましたが、それは職人さんのプライドと、皮の質の良さの他にも、皮自体の価格の高騰が原因です。ですから、そのことを踏まえますと、皮張り8万円というのも納得するものがあります。
昔、初代三線組合の組合長をされた方から聞いた話ですが、条約に違反しているとして、蛇の皮の輸入ができなくなる問題というのがあったと話を聞いたことがあります。そこをなんとか阻止したいとのことで県に何度も訴え、継続することができたというお話がありました。そんな蛇の皮も、昔のものと今のものでは質感がだいぶ変わってきました。つまり海外の養殖現場で育った錦蛇と野生のものとでは質感がだいぶ違うということになります。一つには餌の問題。そしてどのように繁殖させているかの問題など様々にあります。これは実際に視察に行ったある知り合いの話です。もちろん、野生のニシキヘビの皮が輸入されることはございませんので付け加えておきます。それ以外にも色々とありますがこの辺りで止めておきます。
古い三線という視点に変わりますが、まだ探せばあると思われる方も多いようですが、正直のところありません。もう少し丁寧に伝えますと、預かる事が難しくなってきているということです。それは価値を感じない方が処分してしまうといった単純なことではなく、つまりは、無いのです。おぉこれは!と息も言葉をを飲み込むような作品というのは、今後幻のものとなっていくでしょう。かつての名器と謳われた王朝三線の行方が随分昔に分からなくなっているように。そらは悔やむところでもあり、区切り良くあきらめるところでもあります。まだまだ半人前ではございますが、22年とこの業に携わらせてきました。早いものですが、あの詳しかった先輩方に可愛がられてあちこちの三線を見せて連れてってくれた多くの先生方も旅立たれました。そして同じように、思わず歓喜するほどの三線も徐々に減り何年と見なくなってきいます。年代物の材の他に、どのような材にも様々な鳴りがあります。その違いを楽しみ、自分のものにしていくことは実に喜ばしい事です。それがボーガー木といわれる三線に不向きと言われた材でさえ、しっかりと面倒を見てそれに見合った最高の型と調整をしてあげれば、うんと鳴るものでございます。
今後、芸能を学びたいとする後世の方への視野も含めて、何かの為になればと三線の手作り資料を作りたいと考えています。作ると言っても、質素なものです。本では話せないことや省かれたものが多くあり、深いところは収録できてはいません。しかし、このようなものを作るのは至極面倒なことであります。著書も発売しているとはいえ著名でもなんでもない素人活動家であり生活の足しになりませんので、労力と精神力と、なんと言っても情熱を駆り立ててことなりたつものです。ターチバンチ記載の工工四も収録したいと思っています。完成はいつになるのかは分かりませんが、機会があれば手にとっていただけたらと思います。
ネット社会の時代ではありますが、私は他の方の作品が今どのようになっているかと閲覧することは一切ありません。もちろんネガティブな表現ではなく、みるという事で自分の信じて持ちえた価値観が揺るがないようにするためです。私自身が良いと思ったものは良いからです。最高の自信を持っているからに他なりません。ときどき知人さんから拝借する機会がありましても、その方の慶の邪魔になることはしたくないですから、コメントや感想は差し支えます。どんなものであってもその方その方の価値や味方が完璧だと思います。もし今後、自身の感覚で素晴らしいと思う物に出会えない時期がくることがあるかもしれません。その時は先の先を見据えて退きたいとかんがえています。その際は古堅さんが本職を大事なさらない程度に無理なく続けて行けるようにと話しあってございます。
一九二〇年代にかかれたアメリカの本の中にこのような言葉があります。
「好きなものがあります。では、それではなぜあなたの目の前にそれがあるのですか?」
限られた時間と与えられた日々の中で、楽しみを見つけ、豊かになりましょう。胴巻屋